パレスチナ問題の進展

 

パレスチナ問題に対するアメリカの行動

エルサレムは、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の聖地が共存するモザイク都市です。

その宗教的特徴から、国際社会ではイスラエルの首都とは認められていません。

仮に、国際社会がエルサレムをイスラエルの首都と認めてしまうと、世界中のイスラム教信者、キリスト教信者を敵にまわすことになります。

 

アメリカのトランプ大統領は、このエルサレムをイスラエルの首都として、正式に認めたのです。トランプ大統領が経済界出身であることを考えると、ウォール街のユダヤ人はないがしろにできないのかもしれません。アメリカの金融市場は、ユダヤ資本であふれている為、ユダヤ人の世論を無視すると、政治的・経済的に不利な立ち位置へ追い込まれる可能性があります。

トランプ大統領ほどの企業家であれば、ユダヤ資本の力はよく把握しているはずです。

 

さらに、エルサレムをイスラエルの首都として認めることに加えて、トランプ大統領はパレスチナ自治政府を支援する国連機関への援助額を大幅に減らすことを発表しました。いよいよ、アメリカのパレスチナ問題への干渉が高まってきました。パレスチナ問題とは、イスラエルとパレスチナ自治区との間に生じている領土問題で、イスラエルが建国された時から約半世紀にわたって対立が続いてきました。

 

もともと、アメリカとイスラエルの関係は外交関係の枠を超えた、宗教的なものです。アメリカ国内のユダヤ人が、経済界や政治界と強いつながりを持っているため、歴代の大統領たちもイスラエルとの関係には常に注意を払ってきました。トランプ大統領の行動は、これまでのアメリカとイスラエルの関係をさらに発展させようとしている可能性が高いです。

 

イスラム国の勢力が縮小して、ようやく地域の和平が進もうとしているときに、新たな争いの火種が生まれかかっています。トランプ大統領がビジネスマンであることを踏まえると、戦争を起こして、企業に利益を得させようとしている可能性も考えられます。戦争が起こると、大量の武器・弾薬が必要になりますので、それらを生産する企業は潤います。

 

トランプ大統領の任期が着実に縮まっていく中、何かしら目に見える成果を出したい意図が援助資金減額から伝わってきますね。

 

ヨーロッパの影響力が弱体化

パレスチナ問題を引き起こす元凶をつくったのは、フランス、イギリス、ロシアです。互いに秘密協定を結び、現在のパレスチナ地域を山分けしようとしました。ところが、度重なる中東戦争、冷戦におけるアメリカとソ連の台頭で、イギリス、フランスの国際政治上の影響力は弱体化しました。

 

現在のパレスチナ問題においては、ヨーロッパの影さえ踏めません。それもそのはずで、現在、ヨーロッパ諸国は自国の難民問題に手を焼いています。難民問題への対処が遅れている理由は、難民を受け入れるのを良しとしない右派勢力が力をつけてきたためです。

 

ただ、ヨーロッパ各地で台頭している右派勢力は、ヒトラーが政権を掌握したときと同じように、民主的なプロセスを経て右派勢力が台頭してきているので、こればかりは抑制することができません。

 

日本でも、最近の国会中継を見て分かる通り、もはや議会制民主主義が機能していると言えません。(50~60代の大人が、小学生のような質疑応答をしたり、ヤジを飛ばしているのが現状です。同じ日本国民として、恥ずかしい限りです。)

力をもった政治家が、ワンマンで政治を動かす事態が増えるということは、歴史を鑑みると、「戦争」に帰結するケースが大半です。

最悪の結果だけは、防がなくてはなりません。

サウジアラビアはどのような国か

 

トルコ人記者の殺害で国際ニュースを騒がせることになったサウジアラビア、この国が一体どのようなルーツを持っているか、ご存じの方は少ないかもしれません。

中学・高校の社会科教科書では、「原油が豊かな国」ぐらいのことしか書かれていません。今回は、このサウジアラビアについて、一体どんな国なのか、まとめていきたいと思います。

1. サウジアラビアの基本データ

正式名称:サウジアラビア王国

人口:3228万人

面積:215万平方㎞(日本の約5.7倍程)

民族:アラブ人

言語:アラビア語

宗教:イスラム教(主にスンニ派)

アラビア語表記の正式名称は、「アル・マムラカ・ル・アラビーヤ・ッ・スウーディーヤ」といい、「サウード家によるアラビアの王国」という意味です。

宗教はイスラム教のスンニ派が大多数を占めています。シーア派はサウジアラビアでは少数派です。

民族構成は、アラブ人が7割ほどで、その他の3割は外国人です。ちなみに、アラブ人とは「アラビア語を話す共同体」を指します。ルーツは、イスラム教の誕生にまで遡り、イスラム教を信仰し、同じ言葉を話す者としての意識が強いです。私たちがイメージする中東のアラブ人の他に、アフリカ系のアラブ人も存在します。

この民族的な特徴は、ユダヤ人の特徴と瓜二つです。ユダヤ人は、「ユダヤ教を信仰する者」とされていますので、特定の宗教に民族カテゴリーの役割を与えている点がそっくりです。

2.サウジアラビアはいつできたのか

サウジアラビア建国の発端は、意外と新しい年代にあります。サウジアラビアの国王を継承しているサウード家は、1700年台に登場し、アラビア半島地域で他の部族との衝突を繰り返します。

サイード家は、現在のサウジアラビア王国の原型となる国を1902年に建国します。その後、アラビア半島地域の他の部族国家を次々と制圧し、1932年に統一を完了します。ここで、サウジアラビア王国が正式に建国されました。

3. サウジアラビアは昔、貧しい国だった

今でこそ、サウジアラビアといえばオイルマネーで潤っている裕福な国のイメージが強いですが、実は最初から原油で潤っている国ではありませんでした。

現在の原油生産を支えるきっかけとなった油田の発見は1938年のことです。油田が見つかってからも、第二次世界大戦が原因で思ったように開発が進まず、建国から10年程は苦しい時代が続きました。

第二次世界大戦が終結した後、油田開発が本格的に再開され、「石油大国」としての地位を築きあげていきます。1973年の第四次中東戦争の際は、敵対国ならびに敵対国と友好関係のある国に対して、石油輸出をストップする戦略を発動しました。

石油を使った経済・外交戦略により、これに依存する国々はサウジアラビアの行動を否定することが困難になりました。

4.サウジアラビアは政教一致の体制

サウジアラビアは、「コーラン(イスラム教の聖典)」を絶対的なルールとしています。コーランに記載されている内容にそった行動とらなければ、罰せられる社会です。

イスラム教を信仰しているアラブ人にとっては、そこまで苦ではないかもしれませんが、イスラム教を信仰していない外国人にとっては、非常に暮らしづらい国です。

裁判の基準もコーランをもとにしたイスラム法ですので、近代的な司法制度が整っているとは言えません。政治に関しても、イスラム法が第一のルールとなっています。

5. サウジアラビアはサウード家が支配する絶対君主制国家

サウジアラビアの語源からも分かるように、サウジアラビアはサウード家によって建国された国です。そのため、現在でも国政の主要ポストはサウード家によって独占されています。外交上の意思決定もサウード家が主体となって行います。

サウード家に逆らえば干されてしまう、とまでは確証を持って言えませんが、少なくともサウード家と良好な関係を持たなければ国内で高い地位を得ることは厳しいとされています。

この絶対君主制の国と同盟関係にあるのがアメリカです。サウジアラビアはアメリカ軍のサウジアラビア国内での駐屯を認めており、国外のアラブ諸国から非難を受けています。

サウジアラビアとしては、石油の大口輸入国であるアメリカとは良好な関係を持ちたい思惑があります。対して、アメリカも中東地域で即座に軍事行動を取れるよう、サウジアラビアとの同盟関係に前向きな姿勢です。

サウード家がアメリカを国内に招いたことに対して、当時サウジアラビア国内でイスラム聖戦士として活動していたオサマ・ビン・ラディンは憤慨し、後にアメリカ同時多発テロを引き起こします。

6. トルコ人記者殺害にサウード家は関わっているのか?

政治体制からも分かるように、今回起こったトルコ人記者の殺害に、サウード家が関わっていないと言うほうが無理があります。

残念なことに、日本国内のニュースでは、トルコ人記者殺害についてそこまで報道されなくなってきました。今後のサウジアラビアの行動は、BBCなど外国の主要メディアから集めるしかありません。

中東政治の根幹

中東情勢を考える際に大切なこと

数年前、テレビのニュースで頻繁に扱われていたイスラム国(IS)は今や全然取り上げられなくなりました。BBCなどを見ると分かる通り、勢力が縮小したとはいえイスラム国の活動は続いています。

日本の国際ニュースの質、ひいては時事ニュースの質は落ちるばかりです。場当たり的な報道が多いため、物事の流れが掴みにくいのです。情報不足を補うためには、書籍や専門誌を読む必要があります。逆に言えば、自ら情報を取りに行く人と行かない人で情報格差が広がっているとも捉えられます。

中東情勢を考えるときに大切なことは、中東の歴史、特に第一次世界大戦以降の歴史を知る必要があるという点です。パレスチナ地域には、もともとアラブ系の人々が定住していましたが、ヨーロッパ列強の秘密協定によって、独断的に領土が分割され、半植民地状態にされてしまいました。無理やり支配区域が設定され、現地の人々は苦しみました。

第二次世界大戦後は、ヨーロッパは中東から徐々に手を引き上げ始め、代わりにアメリカが介入してきます。世界中のユダヤ人たちの支援によってパレスチナに建国されたイスラエルも中東の地域情勢を複雑怪奇なものにしてしまったのです。

三度にわたる中東戦争

中東地域は4度の中東戦争によって、荒廃してしまいました。石油資源をもつ豊かな国と持たざる国で国力に差がつき始めたのです。

持たざる国のひとつであったイラクは、イスラム主義を掲げるイランの監視役として、アメリカから武器を貰っていました。そのイラクを率いていたのがサダム・フセイン大統領です。

フセイン大統領は、饒舌な演説で国民から絶大な支持を集めていました。ただ、イラクは石油資源があり余っていた訳ではありません。不足する資源を調達するために隣国のクウェートへ侵攻しました。

この行動が、アメリカの逆鱗に触れたのです。アメリカは、イラクのクウェート侵攻を阻止するべく、国連安全保障理事会でイラク軍への攻撃の採択を取りました。その後、国連軍をもってして、イラク軍への攻撃を開始しました。

イラク軍はなすすべなく、クウェートから撤退します。この戦争が、いわゆる湾岸戦争というものです。

ご存知の通り、フセイン大統領は湾岸戦争から約10年後、再びアメリカの前に姿を表します。湾岸戦争は、イラク戦争への布石なのです。

イラク戦争への道

2001年9月11日、アメリカで同時多発テロが起こりました。発生当時、リアルタイムでワールドトレードセンターが崩壊していく様子を見たことを今でも鮮明に覚えています。

同時多発テロを起こしたのは、オサマ・ビンラディン率いるアルカイダです。アルカイダという組織は、イスラム主義に基づくジハード(聖戦)を肯定しており、イスラムに反する国・組織をすべて攻撃対象としています。

アメリカはイスラム主義に反する国として、アルカイダの標的にされたのです。同時多発テロを受けて、ブッシュ大統領は報復作戦に打って出ます。

当時、アルカイダの潜伏先とされていたのがアフガニスタンです。アフガニスタンを統治していたタリバン政権が、オサマ・ビンラディンを匿っていると噂されていました。

アメリカは同時多発テロ首謀者の引き渡しをタリバン政権に求めましたが、タリバン政権はそれに応じず、結果、アメリカはアフガニスタンへの侵攻を開始しました。

圧倒的な火力を背景に、タリバン政権はなすすべなく崩壊していきます。アメリカは、アフガニスタンに新しい政権を立て、民主的な国家にしようと画策します。

ただ、アメリカが思う程、簡単にアフガニスタンを統治することはできませんでした。度重なる自爆攻撃、ゲリラ部隊による奇襲などによって、統治にあたっていたアメリカ軍が徐々に削られていきます。

泥沼のアフガニスタン統治の始まりでした。

アメリカは、自国の民主主義的な思想を他国に輸出するという義務感に近いイデオロギーを昔から持っています。これを中東地域にも当てはめようとしたのです。

中東地域では、イスラム教をはじめとした土着の宗教文化が定着しており、民主主義といっても何のことやらといった状態です。

アメリカの民主主義の輸出が、戦後日本でうまくいった理由はすでに民主主義の思想が文化人や学者、政府高官の間で広がっていたためです。日本での統治政策の成功をアメリカが未だに引きずっているように見えてなりません。