ギャンブル依存から脱するためにするべき行動

私は競馬が好きで、日曜日は毎週JRAの場外馬券場に行って競馬をしています。長年競馬をやってきた中で、「ギャンブル」のもつ魔力を感じてきました。

 

まず、ギャンブルは「人間の判断能力」を著しく低下させます。1R、2Rあたりまでは競馬をしていても冷静な自分でいられる人が多いです。数レース行った後、勝ったとしても負けたとしても、何かしら自分の所持金に変化が生じます。

 

馬が走っているのを見ているだけで、お金が増えたり減ったりする訳ですから、まるで魔法にとりつかれるような感覚になります。

 

だんだんと、「次は勝てる」「もっと資金を増やせる」など初めは思いもしなかった感情が沸き上がってきます。こうなると、もう冷静な判断は下しにくいです。財布に入っているお金がなくなるまで、馬券購入に手が伸びてしまうでしょう。

 

ギャンブルの恐ろしさは、「1度の負けで資金がゼロになる」という点です。これが株などの「投資」と決定的に異なる点になります。株や債券などの金融商品は、1度負けてもゼロになる可能性は低いです。損失はでますが、投資分のうちのいくらかは残ります。競馬などのギャンブルの場合、1回負けてしまえば、投資した金額は「ゼロ」です。

 

ゼロになった資金を取り戻すために、更に金額を注ぎ込んでしまい、最後は取り返しのつかないほどと負けを背負ってしまうこともあります。

 

競馬をしていると、1度は「馬券収入のみで暮らしたい」と思ってしまうものです。ただ、実際に馬券のみで生活することは非常に難しいですね。

 

プロの競馬予想家と呼ばれる人は、巷にたくさんいますが、彼らのうちの大半は新聞記事の作成や雑誌への寄稿を行っています。馬券だけではご飯を食べていけないのです。本当に馬券で生活している人は、表舞台には出てきません。ばれないように、自分の利益を出しているのです。

 

競馬が「1度負けたら、投資金額がゼロになる」という性質をもっている以上、精神衛生を保った状態で勝ち続けるのは、非常に困難です。何回負けても、自分の資金に十分な余裕がある人は別ですが、限られた資金のみで馬券生活を送ろうとすると、すぐに退場することになります。

 

競馬に過度に金額を注ぎ込んでいくと、それが快感につながり、「ギャンブル依存性」に陥っていきます。ここまでくると、もう自分の意思で馬券購入をコントロールするのが難しくなります。私も、依存性とまではいきませんでしたが、投資金額がどんどん増えていく経験をしました。幸いにも、経済的な制約があったので馬券購入の金額をおさえることができましたが、余裕資金が多い人が依存性に陥ると、使ってはいけないお金にまで手を出してしまう可能性もあります。

 

ここまで、ギャンブルの恐ろしさ、投資との違いを見てきました。ただ、私自身、現在も趣味で競馬をしており、競馬などのギャンブル自体を否定する気はまったくありません。あくまでも、「楽しめる範囲内」でギャンブルをするのが大切なのです。例えば、競馬の場合、最低100円から馬券を買うことができます。純粋に競馬を楽しむのであれば、馬券購入金額を最小限におさえれば良いのです。ここで欲がでて、購入金額を増やしてしまうと、もう純粋に競馬を楽しむのは難しいです。「お金の魔力」にとりつかれて、「競馬=金儲け」と考えてしまうのです。

 

また、現代の競馬はJRA、地方含めて、スマホ一台で簡単に馬券を購入できます。スマホがギャンブル依存を助長しているといっても過言でないです。

 

自分一人でギャンブル依存から脱出するのが厳しい方は、家族や知人を巻き込んで、「ギャンブルができない状態」を作っていきましょう。ギャンブル施設がない地域に住んだり、日ごろから意識的に遠ざけるなど、できることはたくさんあります。JRAや地方競馬のスマホ馬券購入は、申請すれば利用を停止することができます。一度、停止申請をした後は何があろうとも最低1年はスマホでの馬券購入ができなくなります。「ギャンブルをしない」という「意識」だけでは、なかなかギャンブル依存から脱することができません。実際に「行動」と「制約」に落とし込むことが必須ですよ。

 

社会人が独学で勉強する際のポイント!

社会人の方で、資格の勉強や国家試験の勉強など、独学で勉強する必要に迫られている場合は、独学のポイントを押さえた上で勉強することが大切です。今回は、社会人の方が独学する際のポイントを詳細に解説していきます。

まずは「時間」を確保する

社会人の方が独学する際に、最も大切になるのが勉強時間の確保です。時間が無ければ、勉強をすることは当然難しいので、まずは時間をつくることが大切になります。

時間をつくる際のポイントは、やらないことを決めることです。時間は湯水のようにあるわけではなく、限りがあります。現在のライフスタイルの中に、急に「勉強」を入れても、十分な時間は確保できないです。

勉強時間をつくるために、「やらないこと」をリストアップしていきます。たとえば、毎晩2時間テレビを見ていたとしたら、その2時間、テレビを見るのを辞めます。そして、勉強時間にあてるのです。

勉強以外の時間を削って、その時間を勉強にあてるのは、当たり前すぎる手段かもしれませんが、意外と徹底できている人が少ないです。

特に、時間がないと言っている人ほど、案外日常生活の中で勿体ない時間の過ごし方をしてるイメージですね。

時間を生み出すには、何かする時間を犠牲にするということを常に意識するようにしましょう。

長期目標から逆算する

資格試験合格や国家試験合格を目指して勉強する場合、目標から逆算して勉強の計画を立てることが大切になります。

試験日までに、出題範囲の学習を終えられなければ、試験に合格することは困難になります。いつまでに、テキストの内容を終えるか、自分なりに考えて、期日を設定しましょう。

人間は、基本的に自分に甘い生き物です。目標設定をしないと、1回1回の学習密度が薄くなってしまいます。塵も積もれば山となる、です。1回ごとの勉強に、意図と目的をもたせるようにしましょう。

ネット講座を利用する

本やテキストでの勉強に限界を感じたら、ネットの講座を利用することをおすすめします。オンラインのネット講座は世の中にたくさんありますが、資格勉強の場合はオンスクがおすすめです。オンスクでは、ビジネス系の資格をはじめ、様々な資格試験の対策講座が揃っています。月額980円から利用でき、講座映像も見放題となっているので、資格スクールに通うよりも経済的ですね。

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国家試験の勉強をしているときに、科目の基本的な部分が理解できないという方には、高校の勉強内容を学び直すのをおすすめします。高校で習う科目は、様々な試験の基礎となっているので、基本内容を固めるのにとても適しています。

高校内容の勉強には、スタディサプリが使い勝手が良いですね。スタディサプリは、大学受験生向けの講座ですが、大学受験をしない人でも利用可能です。高校内容の参考書を買って勉強するのもアリですが、インプット重視の場合は、やはり講義を聞いた方が飽きがこないです。スタディサプリの講座は、何度でも繰り返し見直すことができます。自分が納得いくまで再生し直したり、ゆっくり見たい部分は一時停止して、自分のペースで学習が進められます。

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まとめ

いかがでしたでしょうか。
社会人の方が独学をする場合、一番ポイントとなるのは時間の捻出です。勉強時間を確保するために、何か別の時間を我慢する必要があります。いきなり、すべての時間を勉強にあてるのは難しいと思うので、まずはテレビを見る時間を少し減らすなどして、徐々に勉強時間を増やしていきましょう。

江戸時代初期の日本

今回は、江戸時代初期の日本を解説していきます。本記事を読むことで、江戸時代初期の概要を理解することができます。

1. 幕藩体制の成立

 

江戸時代の開始時期については、徳川家康が征夷大将軍の地位を得た1603年が主流な学説となっています。

 

家康は、征夷大将軍に任命された後、豊臣氏勢力を倒すために、「大阪の陣」を起こします。大阪の陣によって豊臣氏は滅亡し、晴れて徳川家の時代が到来します。

 

安土桃山時代に活躍した大名たちは、徳川家の配下に入り、各地で「藩」を形成します。幕府が藩を支配して、全国を手なずける「幕藩体制」が敷かれることになりました。大名たちは、そのルーツから、下記の3つに大別されます。

 

親藩:家康の息子から続く徳川一門(尾張徳川、紀州徳川、水戸徳川など)

 

譜代:関ケ原の戦い以前から徳川に仕える大名(堀田氏、稲葉氏、柳沢氏、田沼氏など)

 

外様:関ケ原の戦いの直前、もしくは以降から徳川氏に仕える大名

(前田氏、島津氏、伊達氏、山内氏、上杉氏など)

 

外様大名は江戸から遠く離れた領地が与えられて、反乱に備えた配置が行われました。江戸時代は「元和演武」の時代とも言われており、平和な時代が200年以上続くことになります。

 

江戸幕府では、詳細に役職が置かれました。以下、代表的な役職になります。

 

 

大老:幕府の中で最高役職で、老中よりも更に上の地位(臨時職)

 

老中:江戸幕府の政治一般を取り仕切る職

 

若年寄:老中を助ける役職

 

側用人:将軍と老中の間に入って、連絡をとる役職

 

大目付:老中の部下で、大名を監視する役職

 

目付:若年寄の部下で、旗本・御家人を監視する役職

 

寺社奉行:信者、寺院、神主、僧を管理する役職

 

江戸町奉行:江戸の行政、司法、警察を管轄する役職。

 

勘定奉行:江戸幕府の財政を管理する役職

 

京都所司代:御所や京都の警備、天皇と公家の監視を行う役職

 

江戸時代まで戦いに明け暮れていた武士たちは、行政活動など非軍事的な仕事に着手するようになりました。新田開発や工業、商業の推進など、人々の暮らしを変えていく事業に力をかけていきます。

 

2. 江戸時代初期の対外関係

 

江戸時代というと、「鎖国」のイメージが強いですが、江戸時代の初期では普通に貿易が行われていました。当時、貿易を行えたのは、江戸幕府から渡航許可証(朱印状)を貰った船のみでした。朱印状を貰った船は、東南アジアや中国、朝鮮に出向いて貿易を行います。貿易によって、海外から様々な文化、製品が入ってきますが、中には江戸幕府にとって都合の悪いものもありました。それは「キリスト教」です。

 

キリスト教は、織田信長の時代は保護の対象とされましたが、豊臣秀吉の時代から次第に規制されるようになっていきます。江戸時代でも、キリスト教徒に対する圧政が行われていました。ただ、その勢いは収まることなく、九州を中心にキリスト教が広まっていきます。

 

キリスト教では「神の前では、どんな人間も平等である」という教えがあります。この教えに乗っ取れば、将軍だろうが大名だろうが、神の前では全員同じ「人間」と解釈できるのです。当時、将軍を頂点に置いて全国を支配していた徳川家にとって、このキリスト教の教えは都合が悪かったのです。

 

 

室町時代の流れについて解説!

室町時代は、後醍醐天皇足利尊氏の対立から始まった。後醍醐天皇は、天皇中心の政治に戻そうと建武の新政と呼ばれる王政復古政治を行った。これに対して、武士である足利尊氏らが反発して、後醍醐天皇とは別の天皇を擁立した。この結果、後醍醐天皇は吉野へ逃れ、天皇が2人いる状態となる。この時代を南北朝時代と呼ぶ。

 

この後、足利尊氏は征夷大将軍に任命され、室町幕府を開くことになるが、弟である足利直義と対立して、足利氏の中で内紛が発生する。これを観応の擾乱と呼ぶ。2代将軍の足利義詮の時代も、室町幕府の内政は落ち着かず、不安定な時代が続いた。

 

室町幕府3代将軍である足利義満の時代に、室町幕府は最盛期を迎える。この時代より、明との間で勘合貿易を行われるようになり、交易が活発になった。

 

6代将軍は、くじ引きで選ばれた足利義教である。この将軍は恐怖政治を展開して、将軍の権威を高めようとした。この恐怖政治は次第にエスカレートしていき、最終的に6代将軍は、赤松満祐によって暗殺されてしまう。

 

8代将軍である足利義政の時代に、将軍の後継者争いをきっかけとして応仁の乱が勃発する。もともと、8代将軍が弟である足利義視に将軍職を継がせようとしたところ、8代将軍とその妻である日野富子の間に足利義尚が生まれたために、後継者争いが本格化する。この争いに、守護大名同士も争いに加わるようになり、事態が一気に複雑化する。西軍には山名持豊、東軍には細川勝元が加わった。また、三管領の一角であった畠山氏の争いも、この乱に乗じて活発になる。

二度の世界大戦から分かったこと

人類は、わずか20年足らずの間に、二度も世界大戦を引き起こしました。

 

第一次世界大戦で、世界は痛い目を受けたはずなのに、二度目の過ちを犯してしまったのです。

 

「歴史は繰り返す」とよく言いますが、知能を高めた人間でさえ、同じ失敗を何度もしてしまうのです。

 

世界大戦が短期間の間に起こった原因は、歴史学者や国際政治学者たちが分析して発表していますが、結局のところ、「人間の恨みと妬み」が引き起こしたものです。

 

民族が異なる相手を憎んだり、経済的に苦しめてきた相手を憎んだり等、人間の憎悪が新たな戦いを生んでいきます。

 

けれども、これは人間も「動物」である限り、避けようがないのかもしれません。

 

縄張り争いをして、自分の種を残すのが、動物としての本能です。

 

それが、弓矢や石を使って争っていた時代と、ミサイルや戦闘機を使って争う現代とで本質的な差はないのです。

 

では、これからも戦争は無くならないのか。

 

おそらく「無くなる」ことはないでしょう。私たちが生きている間は、世界大戦は起きないかもしれません。

 

ただ、数百年後には、世界大戦の記憶も人々の中から無くなり、また新たな戦争が起こる可能性は十分あります。

 

キューバ危機では、寸前で核戦争が回避されましたが、次は本当に核戦争が起こる可能性だって否定できません。

 

その時は、人類はもはや存在していないかもしれませんね。

 

現代の私たちにできることは、少なくとも「私たちが生きている時代では戦争を起こさせない」ことです。

 

次の世代のことは、次の世代に任せるしかありません。

 

後の世代の手本になるような、そんな生き方を1人1人がしていく。

 

それが、1人の人間ができる最大限の行動だと考えます。

イギリスのEU離脱と地域共同体の限界について

イギリスがEUからの離脱を表明してから、EU(ヨーロッパ連合)の存在価値について、議論が進められてきました。EUの前進となった組織は、第二次世界大戦の反省を踏まえてつくられたものです。二度と世界大戦を引き起こさないことを目的に掲げて、今日まで続いてきました。

 

昨今のEU諸国は、自国のナショナリズムを全面に出しています。難民の受け入れを制限したり、右派政党の台頭が顕著です。ナショナリズム自体は否定しません。ただ、周りをわきまえないナショナリズムは、戦争につながります。

 

「自分達のためだったら、他の民族は消えてかまわない。」

 

こんな論理が、ナショナリズムによって生まれる可能性があるのです。EUという制度は、このナショナリズムまでも押さえ込むことは、今のところできていません。地域共同体の限界が見え隠れしています。

 

イギリスは、このようなEUの状況を見かねて、脱退を考えたのかもしれません。もともと、イギリスの外交姿勢は「勢力均衡(バランス・オブ・パワー)」です。場面ごとに味方につく相手を変えて、外交のバランスをとっていました。イギリスにとって、EUに属することが、勢力均衡につながらないと判断した、このように考えれば、イギリスの離脱は何ら不思議に映りません。

従軍慰安婦問題について

従軍慰安婦問題についてたくさんの議論が行われています。慰安婦問題に対する解釈として、日本軍の行った行為は非難されるべきものであると考えます。なぜならば、その行為は明らかに女性の人権をないがしろにしたためです。

 

「他の国も慰安婦制度を採っていたのに、日本だけここまで執拗に非難されるのはおかしい」と発言する人もいますが、それは論点をずらしているにすぎません。本質的に、日本軍の行った「行動」が悪いのであって、他の者がやっていたから、自分らも許されるという問題ではないのです。

 

また、日本政府が元慰安婦の方やその親族の方たちに十分な謝罪を行ってきたかという点について考えてみると、それらは十分に行われたとは言い難いです。現在の日韓関係の悪化や現日本政府の慰安婦問題に対する態度を見れば、それは容易に分かります。中学生、高校生のときに使っていた日本史の教科書に、慰安婦問題についてはさほど多く書かれていませんでした。このことからも、日本政府および文科省が、この問題について真摯に考えていないことが分かります。

 

慰安婦問題の見方として、私はナショナリズムを介在させるべきではないと考えます。「反日」、「嫌韓」等の次元で慰安婦問題を議論したら、それは永久に解決されません。あくまでも、最初は被害にあった方個人に対して、償いをするべきであって、そのような行動を継続していれば、韓国側としても嫌な気持ちにはならないはずです。

 

個人への償いを嫌って、わざと国対国の議論に引っ張り込んで、根本的な解決策を打ち立てないというのは、誠意ある態度とは思えません。政府が大々的に謝罪をすれば、かなりの効果があるはずです。なのに、それを行わない現政府は、慰安婦問題を解決しようという考えは持っていないのではないでしょうか。それとも、政治的な理由から、韓国に謝罪するのは望ましくないと考えているのでしょうか。

 

ドイツが、ナチスの犯した罪を世界に向けて全面的に謝罪したように、日本は慰安婦問題に関して世界に向けて謝罪したかと言われれば、断言することは難しいです。恐らく、ドイツほどには声高に伝えていません。世界に対する発言力の無さも、日本の問題の一つではあります。世界にはあまり知らせずに、韓国と一対一で、厳しい対立を続けながら一行に解決策が浮かんでこない現状は、変えていくべきです。

 

しかし、誠に残念なことですが、書店に行くと、「反韓」関連の書籍が多く見られ、週刊誌のつり革広告を見れば、かなり過激な内容が書かれていることが多いです。これは、日本人の一定数が、このような考えを持っているからだと推測できます。日本の世論が、「反韓」に向かえば、仮に、政府が慰安婦問題の根本的な解決のために動きたいと思っても、そうは動けない可能性が高いです。この点からも分かるが、慰安婦問題は決して、国家間のナショナリズムと結ぶつけてはならいないのです。



日本における領土問題を徹底解説!

日本における領土問題として、北方領土問題があげられます。北方領土問題は、北方地域の4島(歯舞群島・色丹島・国後島・択捉島)の領有権をめぐって、日本とロシアが対立している問題です。今回は、この北方領土問題について、解説していきます。

 

1. 北方領土問題の推移

 

北方領土問題の経緯を時系列に見てみると、まず1854年に日露和親条約が結ばれ、択捉島と得撫島の間を日露間の国境とし、樺太を両国の雑居地としました。その後、1875年に千島樺太交換条約が結ばれ、樺太をロシア、得撫島から占守島までの千島列島を日本の領土とします。

 

1905年、ポーツマス条約により、ロシアから樺太の南半分を得ました。第二次世界大戦中の1943年、米英中の間でカイロ宣言がなされ、連合国は領土不拡大の原則を明らかにします。

 

そして、1945年、米英ソの間でヤルタ協定が結ばれ、ソ連の対日参戦の見返りに、樺太南部と千島列島をソ連領にすることが決定されました。同年にポツダム宣言が行われ、「日本の主権は本州・北海道・九州・四国と連合国が定める諸小島に限る」とされます。

 

また、ソ連が対日参戦し、千島・北方4島を占拠した。1951年、サンフランシスコ平和条約が連合国と日本との間で結ばれ、日本は千島列島(北方4島を含まない)などに対する権利を放棄しました。ソ連とポーランドは同条約に未調印の状態でしたが、1956年に日ソ共同宣言が行われ、日ソは国交を回復し、ソ連は歯舞群島と色丹島を日本に引き渡しが決められました。

 

しかし、グロムイコ書簡により、ソ連は上記の島々を引き渡す条件として、「日本領土からの全外国軍隊の撤退」を加えます。1973年、日ソ共同声明がなされ、「未解決の諸問題を解決して平和条約を締結する」としました。

 

1991年、ソ連が崩壊し、ロシアが引き続き北方4島を占拠します。1993年、東京宣言が行われ、「領土問題を解決して平和条約を締結する」とし、2001年にイルクーツク声明がなされ、日ソ共同宣言、東京宣言の再確認をしました。しかし、現在に至るまで、領土問題は解決されていません。

 

2.北方領土問題に対する日本の主張

 

日本側の主張として、

 

①日露和親条約、千島樺太交換条約、ポーツマス条約を通じて一貫して日本の領土である

 

②ヤルタ協定は秘密協定で、日本は参加していないので拘束されない

 

③サンフランシスコ平和条約で放棄した千島列島に北方4島が含まれないことは、条約起草国の米英が認めている

 

点が挙げられます。日本の主張に対し、ロシアは、「米英ソの間のヤルタ協定で、ソ連の対日参戦の見返りに千島列島をソ連領とするとされている」と主張を展開しています。

 

北方領土は、第二次世界大戦前までは、「日露間」で条約が結ばれ、領土内の白黒がはっきりしていました。その後、戦中のヤルタ協定により北方地域はソ連に帰属すると決められましたが、戦後の米ソ対立(冷戦)により、サンフランシスコ平和条約にソ連が調印しませんでした。また、「千島列島」の範囲をめぐる日ソ間の解釈の違いも露呈し、両国の主張が対立する構造となってしまったのです。

 

冷戦による東西対立により、アメリカが「千島列島の範囲」という「解釈の違い」を生み出すことによって、日ソが接近しないよう仕向けたのではないかと思われます。1960年のグロムイコ書簡で、ソ連が「日本から全外国軍隊の撤退」つまり「アメリカ軍の日本からの撤退」を求め、日本国内へのアメリカの影響力を排除しようと試みたことから、「日本」は地理的に東西陣営対立の前線となっていたと考えられます。

 

つまり、北方領土問題は、戦後の冷戦による東西対立がもたらしたものであり、現代においてもアメリカとロシアの対立が続いているため、日本は依然、板ばさみの状態となっているのです。そのため、領土問題の根本的な解決には至っていないと考えます。

安倍総理大臣の靖国神社参拝問題

2013年12月26日、安倍総理大臣は靖国神社を参拝しました。これに対して、中韓はもちろん、アメリカまでもが安倍首相を批判しました。なぜ、安倍首相は国外から強い反発が寄せられるにも関わらず、靖国神社参拝を決行したのか。そして、なぜ中国、韓国は靖国神社参拝を強く批判するのか、考察していきます。



 

1. 靖国神社を参拝する理由

 

まず初めに、なぜ安倍首相が靖国神社参拝を強行したのかについて考えてみます。「安倍首相が個人的に保守的な思想をもっているから靖国を参拝した」と考えるのが一番簡単ですが、それだけでは「総理大臣」という国家のトップが靖国を参拝するということを十分に説明できません。

 

そこで、安倍首相ら保守論客と呼ばれる人々にどのような後援者がついているのかを調べてみることにしました。まず、安倍首相が現会長を務める「神道政治連盟国会議員懇談会」という超党派の国会議員組織があります。この組織は神社本庁を母体としており、同庁の宗教的な価値観を政治に取り入れるという趣旨で結成されました。多くの自民党議員が所属しています。

 

靖国問題、皇室典範改正問題、憲法9条改正問題などでは、いずれも保守的な主張をしていることで有名です。自民党の保守的な政治思考はこの組織から生まれているか、この組織が自民党の保守思考に枠組みを与えているか、いずれにせよ現安倍政権の重要なバックのひとつであることは十分に考えられます。

 

次に、「靖国神社崇敬奉賛会」という組織があります。名前の通り、靖国神社の崇敬奉賛を目的とする団体です。靖国神社が祀っているのは、日本の軍人・軍属であるので、これを敬うということは、この団体は「右派」団体であるとみて間違いないでしょう。

 

この団体の会員数は約70,000名であり、仮に選挙で、この人数の票を得ることができれば、選挙戦を有利に進めることができます。自民党の幹部たちが靖国神社を参拝する理由は、この組織から確実に票を得るためなのかもしれません。

 

また、「日本会議国会議員懇談会」という組織も存在します。この組織はかつて、その右翼的な政策提言から、「ナショナリスト組織」だとニューヨーク・タイムズに報じられました。神道政治連盟国会議員懇談会の主張内容とは、さほど違いはないように見えます。問題なのは、自民党議員が多く所属しているこの組織が、「右翼的な」団体だと認識されいることです。

 

これは、現安倍政権が「右翼的な」政治思想をもつ政府だと解釈されてもおかしくありません。現に、中国、韓国はこれを根拠にして安倍内閣を「右翼的だ」と批判してるのかもしれません。これと合わせて、問題だと思ったことは、このような右翼団体に多くの政党幹部が今も所属しているということを、どれほどの日本国民が知っているかであるということです。このような、「デリケート」な話題はメディアにはあまり登場しませんし、認知度も低いです。このような事実こそ、日本の歴史教科書に載せるべきではないでしょうか。

 

以上のように、安倍首相の靖国神社参拝をめっぐては、国内に多数の後援組織があります。今回述べた団体以外にも、組織が存在するかもしれません。この靖国神社参拝問題から、日本政治のあり方が少しばかり見えてきますね。

 

2. 中国、韓国の靖国神社参拝に対するスタンス

 

次に、中韓がなぜ、首相の靖国神社参拝をここまで批判するのかについて考えてみます。日本が第二次世界大戦中に、中国、韓国に対して行った残虐行為は周知の事実です。この残虐行為、つまり戦争を主導したのが、現在、靖国神社に祀られている「A級戦犯」と呼ばれる人物たちです。

 

中国、韓国にとって最も憎むべき敵であり、それを神として祀っている靖国神社そのものの存在も認めたくはないと思いますが、現在の日本政府高官がこの神社を参拝したら、中国、韓国が、「自分たちが侮辱されいる」と解釈するのも当然です。

 

それでも、政党幹部たちが参拝する理由は上記に述べた通りです。このような論理は、多くの日本国民にも知れ渡っているかもしれません。

 

もうひとつ、特に中国がなぜ靖国参拝をを強く非難するのかということを示す客観的な証拠があります。それは、戦後、日本と中国が国交正常化をしたときまで遡ります。中国政府は、日本と国交を回復する際に、中国国民の反発を抑えるために「2文論」という論理で国民を納得させました。

 

2文論とは、戦中の日本を「少数の軍国主義者」と「多数の日本国民」という分け方で説明し、「自分たちが憎むべき相手は前者であり、後者は自分たちと同じ被害者である」という説明を用いて、中国国民を納得させました。つまり、中国にとっては、「2文論」の論理が通らなくなると、日本との国交正常化の大前提が崩れてしまうのです。

 

現代の日本の政治家たちが靖国を参拝してしまうと、中国国民からしたら「なぜ被害者である日本国民が、加害者である軍国主義者たちを敬っているのか」という矛盾が感じられてしまいます。これが、中国が日本政府の靖国神社参拝を強く非難する客観的な理由です。

 

史実に基づいて、日中韓の関係を紐解くのが第一ですが、日本国内、主に第一党の政治思想、神道関係の団体と政治の関係を洗っていくことが、3国間対立の構図の可視化へと繋がっていくはずです。



米朝関係の進展はあるのか?

 

(こちらは、2018年の情勢分析に関する記事になります。)

2018年8月23日、アメリカのポンペオ国務長官が北朝鮮を訪問すると発表しました。7月の訪朝以来、1ヶ月ぶりです。また、ポンペオ氏に同行して、アメリカの自動車大手フォードの副社長スティーブン・ビーガン氏も訪朝します。

ポンペオ国務長官は、中央情報局(CIA)の長官を務めた経験があります。交渉に長けた人物ということもあり、今回の訪朝で何かしら成果を出したいというのがトランプ政権の意図であることが読み取れます。

というのも、6月に行われた米朝首脳会談から米朝関係に目立った進展が見られない為です。今回、フォードの副社長が同行するのは、北朝鮮が求めている経済支援について具体的な話をするためかと考えられます。

ただ、7月の訪問の際は、金正恩委員長との会談は実現しておらず、今回の交渉でも直接の交渉はない可能性が高いです。

トランプ大統領が本気で米朝関係を改善したいと考えているのか、今回の会談が1つ指標になりますので、注視しなければなりません。